出航して30分。パンスタードリームは神戸沖に差しかかりました。右手前方にはポートアイランドと神戸空港が見えてきました。
神戸空港沖の航路から三宮の市街地を望んでも遠くてあまりはっきり見えないものなんですが、今日は霞が薄くかかっていつも以上に見えにくい。いつもなら見えるはずの明石海峡大橋の主塔も、白く霞がかって見えません。う~ん、瀬戸内海の多島美を堪能できると期待してたのに嫌な予感がします。
操舵室から眺める明石海峡
操舵室の見学ができると知って応募した今回のモニターツアー。それも風光明媚な明石海峡を通過するタイミングで!
集合は船内放送で案内すると最初に聞いてたのですが、放送を聞き逃したら大変。早い目にロビーのレセプション前で待機して、集合を待つこと10分くらい。船内放送で集まった他の2組と一緒に、客室担当のお姉さんに先導されてスタッフ専用の通路を歩きます。
緊張しますねえ(^^;) 当たり前ですが乗客が許可なく制限区域に立ち入ってはいけません。最悪は船長権限で逮捕されてもおかしくない事案に。特に操舵室は運航と安全に係わる最重要部門。何かの間違いがあってはならない。粗相があってはいけない。神戸沖くらいで免税ビールを買って景色を眺めたい気分になったんだけど、止めにしたんだから。 ま、緊張していたのは私一人で他の2組はのんびり観光気分だったのですが。
操舵室に入るとすぐに船長さんがこちらを振り向いて、笑顔で「どうぞどうぞ」と右舷側に置いてあるデッキチェアを指差しました。前のページで紹介した、出港するときの操舵室かぶりつき画像に写ってるチェアです。
先導してくれた女性の説明では「操舵室中央の機器類の写真は撮らないで下さい、窓の外の景色はいくら撮ってもらって結構です」とのこと。正面に見える明石海峡を眺めます。
左の方に見える陸地は淡路島の北端、岩屋あたり。右の方に見える陸地の端は本州の舞子あたり。その間の狭い海面が明石海峡。薄もやの中に明石海峡大橋の主塔2本が見えました。
16時06分。須磨沖を航行しています。
本州側に目をやると須磨浦公園のある鉢伏山が見えます。鉢伏山は六甲山を最高峰として東西方向に連なってる六甲山系のいちばん西端の山。その東隣が源平合戦の一ノ谷の戦いで、源義経が断崖絶壁を馬に乗ったまま駆け下りて急襲したとされる鉄拐山。後方を振り返ると山は再度山そして摩耶山に続いています。
六甲山から延びてきた稜線が鉢伏山から急角度で最深部約100mの明石海峡を潜水してから再び淡路島の山々へつながって、そのまま四国徳島まで達しているように思えてくる。そして海峡部をつなぐ大きな人工物。面白い景色です。
ただ残念なことに自然の妙は景勝だけでなく、試練も私たちにもたらしました。
架橋工事中だった1995年の阪神・淡路大震災。その発端となった震源地は、上の写真では大橋の淡路島側の主塔とランプウェイを引き上げる左側のクレーンとの真ん中あたり。地中の岩石が破壊されたのは淡路島北部から震源地を通って、鉢伏山から六甲山地をたどって川西市あたりまでの約40km。まさにこの一大パノラマがそのまま震源域だったのです。
同行者にそんな話をしながら景色に見入ってたのですが、当然ながら操舵室で働く船員は景色に見とれることもなく、職務を遂行すべく操船を続けています。
さっき笑顔で応対してくれた船長はデッキチェアを指差した後すぐ真顔に戻って、操舵手の近くで前方を凝視しています。このとき操舵室に船員は確か4人いたと思う。双眼鏡で周囲や前方を注視したり、レーダーのディスプレイを覗いたりして他船の航行を船長に伝えている男性の航海士。彼の報告を聞いて細かく針路を指示する船長。指示を受ける度に針路を復唱して舵を取る操舵手。航海士なのか甲板部員なのか判断つかなかったのですが、その3人の様子を見ながら勉強しているように見えた若い女性。
緊張感漂う操舵室ですが、過剰にピリピリと張り詰めた感じではなく、どこかリラックスした雰囲気さえしました。理由は韓国人船長が部下に指示するときの口調が柔らかいからでしょう。船長は航海士と女性には韓国語で、操舵手には英語で話しかけるのですが、全員に何かを伝えるときは緊張感を維持するかのように大きめの声で手際よく指示を出して、個別に指図するときは丁寧にゆっくりと教え諭すような話し方。船長として職場づくりの一端を垣間見た気分になりました。
船にも交通ルールがあります
さて、ここに来て船はまっすぐ明石海峡に向かうのではなく、このまま直進したら淡路島にぶつかる方角へ針路を取っています。多くの船が輻輳する明石海峡。実は海上の交通ルールとも言うべき「明石海峡航路」という航行ルールがあって、西へ向かう全長50m以上の船舶は明石海峡の中間線に近い海域を右側通行で航行するように決められています。さらにその「明石海峡航路」に入るまでに、東側入口から2,300m離れた中間線上にある浮標の北に200m離れた地点より内側を航行するように決められています。つまり全長50m以上の船は明石海峡の東側の入口より2,300m以上離れたところから、幅わずか200mの海域を通って西進するわけです。
明石海峡は潮の流れが速い、というのは皆さん一度は聞いたことがあると思います。激しい潮流にもまれて身が引き締まった明石鯛や明石だこが名物になるくらいですから。
実際に船に乗っていても、明石海峡に差しかかるまでは全然揺れなかったのに海峡に入ると身体が左右に小さく揺さぶられたり、席に座ったお尻が「の」の字を書くような独特の揺れ方を感じたりするときがあります。理由は単純に潮の流れに船体が押されたのか、または船が海水に接している前後左右で海流の動きが異なるためにスクリューの推進力の方向とは違う方向に船を持って行かれるため、と想像するのですが、理由は分かっていても操船担当の人は気を揉む海域でしょう。
そんな海峡通過よりも緊張を強いられるのは、大阪から西進するパンスタードリームと紀伊水道から北上してきた大型船が左舷側から合流してくる海峡の入口かもしれません。もっと言えば海峡西側の出口付近でも、海峡を抜けて南西方向へ向かうパンスタードリームとそのまま西へ進む船との分離、さらには播磨工業地帯から東進してきた大型船が中間線の向こう側に合流しようと平面交差が発生する海域が控えています。
そんな緊張しつつも落ち着いた操舵室内にバリバリと無線の声が響いています。これは大阪マーチスの無線交信?
飛行機の航空管制と同じように、船舶にも交通が多い海域には航行管制業務を担当する機関があります。淡路島の北端に大阪マーチスという海上交通センターが置かれていて、明石海峡を通過する船を対象に航行管制と航路情報の提供によって安全航行をサポートしています。指定された海域を航行するとき、全長50m以上の船舶は海上保安庁からの国際VHF無線による情報を聴取しなければなりません。――というのはネットで調べて知りました。(^^;)
大阪マーチスのような海上交通センターは東京湾など全国に7ヶ所設置されていて、パンスタードリームはそのうちの4ヶ所(明石海峡、備讃瀬戸、来島海峡、関門海峡)と関係しながら航行します。興味がある方は下のリンク先を参照してみて下さい。
明石海峡を通過!
パンスタードリームは垂水沖に差しかかったところで、船首を明石海峡大橋の中心へ向けて進路を右へ取りました。ついに明石海峡大橋と正対しました。
操舵室から見ると、今の時間は潮の流れが穏やかなように見えます。波も立ってません。
明石海峡では鳴門海峡で見られるような大きな渦巻きは起こらないのですが、それでも潮の流れが速いときは肉眼で潮目がはっきり分かるほど、海面が筋状に細かく泡立ってるのが見えるときがあります。加えて冬場の西風が強いときは内海と思えないほど白波が立つときも。今日は順調に海峡を通過できそうです。
船長の針路変更指示も少なくなりました。このまままっすぐ進んで橋の下を通過するようです。と、ここである機器から何度目かのブザー音が鳴り響きました。
実はさっきから銘板に「フィンスタビライザー」と書かれた制御器から、警報音と言うよりも通知音と表現したいブザーが何度も鳴って、その度に女性船員が駆け寄って何かを確かめて船長に報告しています。
フィンスタビライザーとは、まるでクジラの胸ビレのように、船の両横から平たい板を海中にピョコッと出して船の横揺れを軽減する装置のこと。このブザーが何度も鳴るってどういうこと?何か接触不良が原因でそれを知らせるような雰囲気で通知音が鳴るもんだから、もしかしたらそういう不具合なのかもしれないと思ったのですが。それとも明石海峡の急激な海流の変化にセンサーが過剰反応を示したのか。船員が慌てる様子もないところを見ると全く問題がないのか、はたまた運航に支障のない程度の事象で気にする必要がないのでしょう。素人なので何とも分かりません。でも再々ブザーが鳴るもんだから、彼女は制御器の前に立って装置に掛かりっきりになってしまいました。
明石海峡を通るときはいつもデッキに立って、潮風に吹かれながら大迫力を楽しみます。ところが操舵室内は当然のことですが外気に触れることなく、静かな環境で操船に集中しています。意外に思ったのですが、操舵室内では明石海峡大橋に最接近しても迫力を感じないのです。
それでも橋梁の姿はどんどん大きくなって、
16時24分、明石海峡大橋を通過しました。やがて船は小豆島の南の海上に向かうべく針路を南西へ。航行ルール上の「明石海峡航路西側出口付近海域」に差しかかりました。
播磨灘に入ると霞が濃くて遠くが望めなくなってしまいました。天気が良ければ家島諸島や小豆島が見えるのに。船外は無風なんでしょう、至って滑らかな海面が広がっています。
進路に小さな貨物船が横切ろうとしてます。それ以外に交差する大きな船がないのを確かめると、船長主導で操船指示するのはここで終わり、とばかりに船長は操舵室からササッと出て行ってしまいました。
私たちが見学していた間に操舵手が交代したのですが、その2人とも東南アジアの風貌をした若い男性でした。操舵輪を持ちながらも時々後ろを振り返って、私たちをちらっちらっと見てきます。私たちはオペレーションの邪魔にならないように声をひそめて話したりしてたのですが、やっぱり後ろに誰かがいると気になるのかな?それともどんなやつが見学に来たのか興味がわいたのかな?
もう明石海峡は終わったし、40分近く見学させてもらって堪能したということで、私たちも退室することにしました。操舵室を出るとき「サンキュー!」と声をかけると、彼だけ振り返って満面の笑顔で会釈をしてくれた。なんだ、いい人だった。
ちなみにこの操舵室の見学イベント、パンスター社(代理店のサンスターライン)主催のツアー商品の中に組み込まれているものもあります。公式サイトから探してみてください。このご時世に制限区域に入れるという貴重な体験ですので、興味を持たれた方はイベントが存続しているうちにどうぞ。
操舵室から屋外デッキに出てみると、船は霞のまっただ中。操舵室のガラスが曇ってるのではなかった。
風がないのでしょう、播磨灘に入ってから海面はまったく穏やかに。
さあ、一大イベントは終わりました!夕食の時間までフリータイム!景色は見えないけど、デッキでビール片手におやつタイムを始めよう。さっそく国際航路ならではの免税ビールを買いに走ります。
播磨灘はおやつタイム
国内航路でも船に乗ると、いつも明石海峡を越えると一息入れる時間になります。小豆島に近づくまで時間があるんでね。
今日のおやつはこれ。
近所のスーパーで買ってきた、かっぱえびせん韓国のり風味。期間限定発売だったんだけど、結構美味しくて食べ出すとやめられない止まらない。
風が心地良い屋上デッキ後方の「夢テラス」に陣取りました。海を眺めながら、値段的に免税効果のない免税ビールをいただく。どう?船旅は?と同行者に尋ねます。緊張がほぐれてきたのか「うん、悪くない…」と。彼はふだん決してテンションの低い人間ではないんだけども。今回は韓国で起こった大きな海難事故から数ヶ月後の旅行。はっきりとは言わなかったけども、やはりどこか心配に思うところがあったのかもしれません。
多島美の備讃瀬戸を行く
17時40分。遠くに小豆島の島影が見えてきました。少し靄(もや)がかかって水墨画のような光景です。さあ、ここから第2のイベント(と私だけが勝手に言ってる)、多島美麗しい備讃瀬戸に入ります。ここ小豆島沖から3時間くらい、船は香川県の島々を左右に見ながら縫うように進んでいきます。ただ、残念なことにもう夕暮れが近い。
小豆島の坂手港沖。陽が傾いてきて、夕陽を見ようとお客さんたちもデッキに戻ってきました。
播磨灘に入ってからずっと南西に航行してきたパンスタードリーム。右手に小豆島を見ながら西北西へ舵を切ります。上は方向を変えて船が右舷側に傾いたときに撮った水平線。
写真の真ん中でご婦人が腰掛けているブランコは、進行方向に対して平行に取り付けられています。つまり船がローリングしても、ブランコと身体は垂直器のごとく地球の中心を指すわけです。これは面白そう。こっちはおっさんだけど後で乗ってみよう。
小豆島でいちばん南西端の地蔵埼が近づいてきました。
白くポツンと見えるのが地蔵埼灯台。「備讃瀬戸東航路」という備讃マーチスが担当する海域の東端にあたります。東西方向と岡山香川を結ぶ船が交差する、そんな事情に則した航行ルールに従って航行します。
左右に揺れ動いた航跡。船が細かく進路を左右に取ってきた証拠です。島を避けたのではなく、ここでは他船との間隔を確保するためにできた航跡です。
高松と小豆島の草壁港を結ぶフェリーとすれ違います。船腹にダイハツ印の運搬船は瀬戸内海で割と頻繁に見かける船。同じような船が複数隻あるのでしょうか。
そろそろ18時半。ロビー横のレストランで夕食が始まる時間です。食前酒のおかげで食欲増進状態。船室に戻ろうと屋上デッキのカフェラウンジ「cafe夢」の入口を横切ったところ、チェロを抱えてきれいなドレスに身を包んだヨーロッパ系のお姉さんと遭遇。颯爽とカフェに入っていきました。驚いてカフェの入口に立っていたウェイターにいつから演奏が始まるのか尋ねると、今から、という。何時まで?と聞くと19時半まで、という返答。
あーなるほど、クルーズゾーンの乗客は別メニューの「クルーズディナー」のサービスがあるんですが、ここのカフェラウンジでも食事ができるサービスなんですね。生演奏付きで。
フェリーゾーンの乗客もディナー料金を払えば「クルーズディナー」を楽しめます。でも私たちは今回はバイキングの食事券をいただきました。レストランに急がねば!
(つづく)
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