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フェリーで海外旅行へ行こう!
フェリーを使って海外へ出発する旅行ルートと時刻表案内です。

はにーの 韓国東海岸北上の旅 ’09夏
 その2の1 釜山観光編

さてさて港からの連絡バスは、その後何事もなく釜山駅に到着しました。(この写真はGWの時に撮ったもの。)

釜山駅

釜山駅は文字通り釜山広域市のターミナルステーション。
韓国版JRであるKR(韓国鉄道公社)京釜線の終着駅で、
韓国版新幹線であるKTXや、特急に相当するセマウル号・急行相当のムグンファ号といった
主にソウル行きの列車が発着します。

今回は列車に乗らないので、駅にやっては来たんだけど特に大きな目的なし。
構内には軽食系の店もたくさんあるけど、ビートルサンドのお蔭でまだまだ腹減ってないし。
しいていうと、
・売店で時刻表を買う。
・白岩温泉(ベガムオンチョン)のホテルに電話で予約を入れる。
くらい。

韓国の時刻表の表紙

で、これが売店で買ったシガクビョ(時刻表)。値段は5000ウォン(398円)。
3年前は3000Wだったけど、今年のGWにはもう5000Wに値上げされてました。
サイズはB6版コミック(128×182)よりタテが5mm程長くて、厚みはほぼ同じ。
韓国には、電話帳の様に大きくて分厚くて重たい大時刻表の様な物は存在しないみたい。
日本のポケット時刻表のサイズといったところです。
そして日本の月刊誌だと7月発売の物は翌月の8月号となるんだけど、
韓国ではそのまま7月号として発売されるのかな。なのでこれが当時の最新号。
中身はというと、
KTX&全国KR、ソウル地下鉄、航空、海路、高速バス、市外バス、高速道路
などの時刻、運賃・料金等が載っています。
鉄道部分は、駅名はハングル表示以外に漢字やアルファベット表記もあり、
日本の時刻表を読める人なら使いこなすのはそんなに難しくないのでは、と思うんだけど。

ま、これからこれを使うか使わないかは別として、
『時刻表系旅人』を自称する僕としては、時刻表が手元にない旅はとっても不安なのです。

釜山の公衆電話

さてお次は、白岩温泉のホテルに駅構内の公衆電話から予約を入れることに。
今考えれば、別に釜山駅に来なくても港の公衆電話からでもできたし、
それ以前に、日本から持っていった携帯がローミングされてたから、
別に公衆電話からじゃなくてもよかったんだろうけど、その時は全く思いつかず。

ということで、まず駅構内のコンビニで一番安い3000W(239円)のテレカを購入しました。
「そういえば携帯持つようになってからテレカ買わなくなったなぁ…」
などと思いつつ、近くの公衆電話にテレカを挿入。してみたんだけど…
受話器を耳に当ててみても、『ツー…』っていう待機音がしないどころか無音状態。
「あれっ?この電話、もしかして壊れてる?」
そこで隣の電話機でもやってみたけど以下同文。そしてそのまた隣でも。
どうもその一角の公衆電話、全滅でした。
韓国も日本以上に携帯が普及しているので、公衆電話のメンテが後手後手になっているのかなぁ。
んで、別の一角の公衆電話に移動すると、こっちはちゃんと『ツー』音が。
改めて日本からメモしていったホテルの電話番号にTELします。

「よぼせよ。ちょぬん いるぼんさらむ いむにだ…(もしもし。私は日本人なんですが…)
いるぼんお まるはだ おぺれーたー いっそよ?(日本語を話すオペレーターいますか?)」
もう、しゃべってるのは韓国語なんだかどうだか…。でもボキャブラリーがないんで、仕方なし。
ところが電話の向こうからの反応はありません。
「きゃん ゆー すぴーく いんぐりっしゅ?(英語話せます?)」
これにも反応なし。うわー、最悪。
対面でならボディランゲージで通じるところもあるけど、電話じゃそんなわけにはいかないし。

仕方がないんで、正面突破するしかありません。
「なぬん ほてるえ むっご しっぽよ。(私はホテルに泊りたい。)
ねいる ぱるうぉる くーいる ぷっと しびる かじ。(明日8月9日から10日まで。)
つーないつ。とぅる ばむ。(2晩。)
あだるとまん わんぱーそん。おるん なむ はな。(大人 男 一人。)」

持っていった韓国語ガイドより、泊まる=ムッタ というのは調べておいたので、
で、「私は~したい」は「動詞語幹+ゴ シッポヨ」で「むっご しっぽよ」、
「~から=まで」は「~プット=カジ」。
これくらいが僕のできる最大の韓国語グラマー。
それに知っている韓国語単語と英単語を交えて、一生懸命に説明しました。すると、
「ネー。(はい。)」
お、反応があった!理解してもらえているみたいだ。
「おんどるばん しろはよ。(オンドル部屋は好きじゃないです。)
ちむでばん ちょわよ。(ベッド部屋がいいです。)」
「ネー。」
「ゆー あんだーすたんど?(わかってくれました?)」
「ネー。」
「かむさはむにだ。(ありがとうございます。)
では明日からよろしくお願いしま~す!」

こんな感じで、3ヶ国語を駆使して?(といっても別にトライリンガルというわけではない)、
がんばって予約を入れました。

地球の歩き方韓国編の表紙

こうして釜山駅での用事もあっという間に無事終了。
でもまだ時刻は14時過ぎ、ホテルを探しだすにはちょっと早い。
じゃあどっか行くってか?
でも僕にとって釜山は韓国の玄関口なので、
なんだかんだでめぼしい所ってもう大体行っちゃってる感じなんだよねー。
そこで駅構内のベンチに座り作戦会議。
鞄から『地球の歩き方 韓国’08~’09版』を取りだし、興味ありそうな場所を物色してみることに。

さて、何で数あるガイドブックから『地球の歩き方 韓国』を選んで持っていったかというと、
韓国全国版のガイドブックのほとんどは、日本人が数多く訪れる、
ソウル・釜山(プサン)・慶州(キョンジュ)・済州島(チェジュド)
についてばかり紹介してあるんですが、
ところがこの『地球の歩き方 韓国』では、日本人がほとんど訪れない、
今回の僕の旅の最終目的地である東海(トンヘ)を含む江原道(カンウォンド・韓国北東部エリア)が
なんと22ページに渡ってガイドされているのです!
全528ページ中のたった22ページですが、これでも他のガイドブックよりは画期的に情報量が篤いのです。
(※江原道でも日本人が数多く訪れる『冬のソナタ』ロケ地である春川(チュンチョン)は
どのガイドブックにも載っているので、春川のページを除いて。)
ちなみに『’09~’10版』は’09.08.29発売だったようなので、この旅行時点ではまだ売っていません。

そして掲載されていた釜山の観光地から、まだ行ったことのない『子城台公園』と『釜山博物館』に行くことに。

「JB」な帽子

そんでもって、まずは『子城台公園』に行くために、KR『釜山』駅から隣接する地下鉄『釜山駅』駅に。
どーでもいいことなんだけど、地下鉄駅名自体が釜山広域市のステーションを示す『釜山駅』なんだから、
表記は釜山駅駅でいいはずなんだけど、なんだかしっくりこないなー。

にしても暑い!熔けてしまう!
そこで地下街にあった帽子屋でCAPを買うことに。
店内には様々なマークやロゴが入った帽子達が所狭しと並んでいます。
「うーん、どれにしようかなぁ…」
すると『JB』というロゴの入った帽子が目に止まりました。
「ふーん、J.B(OY)ねぇ…。見事にハマショーしてるなぁ。
日本男児のアイデンティティーとして、被る帽子はこれしかないっしょ!」
ということでこれに決定。購入して早速被ります。
旅の後半はどっちかっていうと天気悪かったんだけど、
これ以降帰国まで、ナモリ(僕の頭)にズーッとチョコンと乗っかってました。

世宗(セジョン)大王の銅像

『釜山駅』駅から最寄の佐川洞(サジャンドン)駅に地下鉄で移動し、
子城台公園に向かって歩いている途中、『ソンナム中学校』の前を通りました。
『ソンナム』とは、帰国後調べてみたら漢字で書くと『城南』。
城跡の南にある中学校の名前としてそのまんまでした。
でその校舎の玄関の両脇に立派な銅像が立っていたので、
少し校庭にお邪魔して写真を撮らせてもらうことに。
え、無断不法侵入だろって?
いえいえ。ちゃんと玄関にいた先生らしき人に、
「すみませ~ん、銅像の写真を撮らせて下さ~い。」
と、日本語で断わったので、無断ではありませんよ。
(ちゃんとニュアンス通じたみたいで、快く許可してくれました。)

日本の校庭にある銅像というと、薪を背負いながら本を読んでいる二宮金次郎ですね。
それか、その学校を設立した創始者のジー様とか。
で、韓国で銅像になる人物といったら、多分あの人とあの人なんだろうけど…。

まずはやはりこの人、世宗(セジョン)大王(1397年~1450年)。
朝鮮王朝第4代国王にして、『訓民正音=ハングル』を作らせた人です。

朝鮮王朝は建国以来ずっと中国王朝(明/清)の冊封国(早い話、属国)だったため、
公用文字・文書は漢字・漢文でした。
ただし教育を受けることができた、ごく一部の支配階級の王族や両班(文官と武官)達は
漢字・漢文を使うことができたんだけど、
「民衆が知恵を付けると統治するのに邪魔。」
という『愚民政策』のため、民衆への教育などは全くなされず、
そのためほとんどの国民は『読み書き』など全くできず、
識字率はわずか4%程度(推定)というヒドイありさまでした。
江戸時代には寺子屋がほとんどの村にまであり、町人や農民の子供でも学べて、
庶民男性の識字率が4~5割もあって世界一だった、ともいわれている日本とは大違いです。

ところがそんな中で、世宗大王は何を血迷ったのか、
「多くの民衆達が容易に学び使うことができるように…」
と、朝鮮語固有の表記にふさわしい文字体系である『ハングル』を制定するんです。
歴代国王の中で最も優れていた王様であるといわれる所以ですね。
ただ最優秀国王である彼にしたところで、訓民正音の序文で
「…愚かな民たちは言いたいことがあっても書き表せずに終わることが多い…」
と、自国民を『愚民』扱いしてるんだけど。

そのことは置いといて、韓国人がいかにこの世宗大王を崇拝しているかというと、
つい先日までの最高額紙幣だった1万ウォン札の肖像にしているくらい。
そしてつい先日にも、ソウルに世宗大王の大銅像ができたばかりだし。
そしてそして、韓国海軍初のイージス駆逐艦に『世宗大王』号の名が与えられ、
そしてそしてそして、ソウルに代わる第2首都を建設する、という計画があって、
その新首都に付けられた名前が、『世宗』市。
(この遷都計画、残念ながら頓挫してしまったようだけど、現在進行形の時事ネタ。)
というわけでこの人、『文武両道』の『文』の人なのです。

ちなみに『ハングル』とは、『偉大なる文字』という意味。
こうして民衆のためにせっかく制定されたんだけど、
残念ながら次世代の国王や両班からは
『諺文(オンモン=女文字/子供文字の意味)』と蔑まされ、全く無視されます。
そして更に、16世紀に第10代国王・燕山君という王朝最悪の暴君がいたんだけど、
この王様、自分の悪口をハングルで書かれたことに大激怒。
使用の禁止、ハングル書物の焚書、使用者の処刑、という大弾圧を行ったため、
普及どころか400年以上にも渡り、一度消滅してしまいます。
(ちなみにちなみにこの王様、
子供の頃のチャングムがお酒を届けたお陰でクーデターが起きて失脚するんだよね。)

で、ハングルが普及したのは、実は20世紀に入った日韓併合後。
日本が朝鮮全土に学校を建てて、全朝鮮国民が学校に通えるようになり、
ハングルが必須科目として学べるようになって、
識字率が6割超にも跳ね上がってからだったりします。
ところが太平洋戦争直前になると、
今度は締め付けのために逆にハングル使用が実質的に制限されてしまうんで、
この事象だけを持ってきて
「ハングルは日本人によって奪われた。」
なんて言う人もいるんだけど、
本当は日本人のせいにされるのは全然お門違いなんだけど。

李舜臣(イ スンシン)将軍の銅像

もう一人はというと…、やっぱり忠武公・李舜臣(イ スンシン)将軍(1545年~1598年)でしたね。

応仁の乱後100年にも渡った戦国時代は豊臣秀吉によって天下統一されるんだけど、
その後秀吉は明国征服を妄想し、その第一段階として朝鮮に出兵します。これは
・主君『信長の野望』を遺言として実行。
・国内に戦(いくさ)が無くなったので、武将としての性(サガ)として、海外に戦を求めた。
・国内で『失業』した兵士達に、海外での『職場(戦場)』を与えるための、いわば『はろーわーく』と『公共投資』。
・成り上がりの豊臣家に臣従する大名達に与える新たな領地の確保のため。
・幼い嫡男・鶴松(秀頼の兄)を亡くした憂さ晴らし。
などの理由が挙げられます。
なにしろこちとら群雄割拠が終わったばっかしで、一騎当千・百戦錬磨の武将・兵士が腐るほどいるのに、
隣国である朝鮮や明から届くのは、実際に腐敗した王朝政治と弱体化した軍事力、という情報ばかり。
ついつい攻めたくなっちゃうのも仕方がないところかも。

だけど攻められた朝鮮側から見れば侵略以外の何物でもありません。
朝鮮としては、100年にも渡り国内が混乱していた日本があっという間に統一され、
その上まさか攻めてくるなんて、思ってもみないこと。
ということで開戦当初は、大油断の極致だった朝鮮軍に対し、準備万端の日本軍は破竹の勢い。
首都漢城(今のソウル)は瞬く間にあっけなく陥落します。

ところがところが、態勢を立て直した朝鮮軍は、思ってたより意外に強くて…。
特に李舜臣将軍率いる朝鮮水軍は、日本水軍に対して連戦連勝。
『不滅の李舜臣』という全106話にもおよぶ韓国大河ドラマDVDの宣伝文句によると、
なんと、局地戦/大海戦含めて23戦23勝無敗だったとか。
(ただし李将軍とは別の将軍が率いた時の朝鮮水軍は大敗北もしてます。)

そんな彼の活躍のお陰で(せいで)、日本軍は北九州→釜山の制海権=補給路が確保できず、
そのため侵軍速度は停滞がちになって戦局が膠着し、
結果的に明国はおろか、朝鮮国全土を征服するにも至りませんでした。
そして結局7年にも及ぶ朝鮮出兵は、秀吉の死を契機に日本軍の全面撤退という形で終結することに。

ということで、韓国では李舜臣将軍はその戦功により国民的英雄とされていて、銅像も至る所にあります。
そしてこの人も、韓国海軍の中核をなす汎用駆逐艦に『忠武公李舜臣』号の名が与えられています。
というわけでこの人、『文武両道』の『武』の人なのです。

で話は戻るけど、『不滅の李舜臣』ですか…。
コレ、大河ドラマ好きだけど最近の戦国大河に辟易している僕にはもってこいの題材なのかも。
特に2009年の『天地人』はサイテーの出来だったし。
今度借りてきて観てみるとするかな。

子城台公園の案内図

さてさて汗をダラダラ流しなら佐川洞駅から約1kmを歩き、
ようやく子城台公園(チャンソンデ コンウォン)に到着しました。
ここは朝鮮出兵の際、釜山陥落後に日本軍が築城・駐屯した城跡。
ここから佐川洞駅の反対側の山頂に築かれた城を『母城(本城)』とし、
この城はその『子城(支城)』として築かれました。
そして標高36mの独立丘に築かれた平山城なので、『子城台』というわけなんですね。
お城としては、北を大手門として東西に門があり、
南方は海に接していて軍船が城内に入れる濠も造られた水城でもあったらしいんだけど。

日本軍は秀吉の死により総退却となり、この城も破棄。
その後朝鮮軍によって修築され、
釜山防衛のための軍事拠点『釜山鎭 僉使営(プサンチン センシエイ)』が置かれました。
朝鮮出兵時に日本軍によって築かれた『倭城』はほとんどが捨て置かれたんだけど、
この子城台は朝鮮軍によって再利用された数少ないケースのようです。
ただし日韓併合時代に市街地整備計画によって城は撤去され、
また子城台一体の海面も埋め立てられたため、昔の面影はなくなってしまったようですが。

子城台の西門

これは西門。
雰囲気あるんだけど、残念ながら当時からあったものではなく、
公園整備事業の一環として、公園の門として1974年に新築されたもの。

子城台の石垣1
子城台の石垣2

門をくぐって丘を上っていくと…
所々で日本軍築城時代の石垣を木々の間から垣間見ることができます。

鎮南台

そして子城台の頂上には僉使が駐在した将台『鎮南台』という建物が有ります。
日本の城でいうと本丸にあたるのかな。展望設備はないので天守閣とはいえないな。
いかにも朝鮮風でカラフルな建物なんだけど、ただしこれも1974年の再建。
だけど再建でも30年以上経って風化してくると、なんだかそれっぽくは見えます。
残念ながらこの様に柵で囲われているので、建物に入ることはできません。

ということで、
『日本の戦国の城を朝鮮軍が再利用』ということで、和韓混合のハイブリットなお城を期待して行ったんだけど、
市街化整備によるお城の撤去と公園化により、往時を彷彿させるものはほとんど何も残っておらず。
確かに石垣は残ってたんだけど、これくらいの石垣なら日本の戦国時代の城跡に行けばなんぼでも見られるし。

またお城の規模も、思ってたよりもとてもこじんまり。
日本においては、戦国時代の群雄割拠の末に全国制覇した軍事政権・徳川幕府は、
いってみれば元ライバルの旧戦国大名=地方領主達との連合政権。
全国各地には領主達の立派な居城が数多く存在し、
また彼らに対抗するための徳川方の巨城も随所に築かれました。
しかし政権交代はクーデターによる王朝交代によった文治国家・朝鮮王朝は中央集権体制。
なので反乱勢力というものが地方に存在しないため、
元々が『子城』であるこんな規模のお城でも充分だったんでしょう。

そして『敵の敵は味方』ということで、
朝鮮王朝と、朝鮮に侵攻した豊臣家を滅ぼした徳川幕府とは実に仲良かったし、
その徳川幕府というと鎖国政策を採って、
海外渡航の禁止、大型船の建造・保有の禁止をし、
対外的野心も全くもって持ってなかったんで、
朝鮮としては隣国からの軍事的脅威も、更に『倭寇(海賊)』の脅威も全くなくなり、
そのため対外防衛拠点も全然必要とせず。

ということで×2、
ガイドに載ってたんで行ってみたけど、ここは、
我が家の近所にある戦国時代の城跡を整備した公園と、物件的には何ら変わらず。
『お城メグラー』としては特に見るべき場所ではありませんでした。残念。

一般タクシーに乗車

さてお次は釜山博物館に向かいます。
当初の予定では子城台から駅までを再び歩き、
最寄り駅から博物館までも歩いて行くつもりだったんだけど…
暑い、暑いよぅ!ここままでは熔けてバターになってしまうよぉ! ι(´Д`ι)
(誰だ!バターじゃなくてラードの塊の間違いだろ、なんて言う奴は!)
ということで徒歩&地下鉄移動を諦め、タクシーを拾うことに。

ちなみに韓国のタクシーは、模範タクシーと一般タクシーの2種類あります。

1)模範タクシー
黒い車体に黄色い行灯。
ホテル前や駅前の専用乗車場から乗れる。
でも市内で流している模範タクシーを見かけたことないんで、拾い乗りはできないのかな?
総台数は少ない感じ。
初乗りは4500W(358円)と若干高い。
運転手の質は総じていいらしい。
(そういえば市街地で乗ったことないかも。)

2)一般タクシー
銀色の車体に青の行灯。
殆ど市内を流しているのはこちらの方。なので拾えるのはほとんど一般タクシー。
初乗りは2200W(175円)と安い。
運転手の質は総じてあまりよくなく、
乗車拒否されたり、運が悪ければ吹っかけられることもあるらしい。
あと、夜、繁華街を歩いていたら、
「アガシ、アガシ!(女、女!)」
と、小指を立てて近づいて来たりする。
また日本にはない、『あいのり』のシステムあり。(ただし、地球一周無期限の旅、には行きません。)

ということで、拾えたのはもちろん一般タクシー。
いやー、それにしても車内はエアコン効いてて、快適快適。 ♪~(^ε^( )
博物館までの乗車時間は10分くらいかな。料金は4100ウォン(326円)。
で4500Wからお釣りを貰おうとしたら、お釣り出すのめんどくさかったらしく、
500ウォン硬貨をそのまま返してくれたんで、100ウォン(8円)得しちゃった。ラッキー!
いやー、いい人だったなぁ。

釜山博物館

こうして釜山博物館(プサン パンムルグァン)に到着。
残念ながら館内撮影禁止なので、この正面から撮った写真しかありません。
(韓国人父子が館内でお構いなしに写真撮ってたけど。)

入場料は500ウォン(40円)と元々破格なんだけど、土曜日はなんとタダ!
タクシーと連チャンでラッキー!ラッキー!
受付ではパスポートと引き換えで日本語音声ガイドが借りられるので、
一つ一つの展示物を日本語の説明を聞きながら、じっくり見て回ることができます。
また展示物は、先史室/(古代)三韓・三国室、統一新羅室/(中世)高麗室、朝鮮室
といった時代別の部屋に分けられているので、各時代ごとの釜山の姿を知ることができます。

そして何といっても1番の見所は、『韓日関係室』(近世)。
まずは室町幕府(『味方』)と朝鮮王朝の外交について触れられ、
その次には、『壬辰・丁酉倭乱(=秀吉の朝鮮出兵『文禄・慶長の役』の韓国名)』において
「朝鮮軍かくも戦えり」
と、侵攻してくる『敵・秀吉率いる日本軍』に対して朝鮮軍がいかに迎え撃ったか、ということが、
大ジオラマや様々な展示物によって大変詳しく説明されています。
日本人が見るにはちょっと心苦しい展示物ばかりなんだけど、
こればっかりは悪役なんで致し方なし。

そして更にその次が朝鮮通信使のコーナー。
朝鮮通信使とは、江戸幕府の将軍の代替わりや世継ぎの誕生に際して、
朝鮮王朝から派遣された祝賀使節団のこと。
釜山→(海路)→大阪→(陸路)→江戸
というルートを、総勢500人にもおよぶ大使節団が半年以上もかけて往復しました。
で、この陸路での大行列の様子が人形を使って再現されていて、実に圧巻。
そして他の展示物も、朝鮮王朝⇔徳川幕府(『敵の敵は味方』)がとても善隣外交してました、
ということをものすごく好意的に説明しています。

…ところがところが、『近代室』に入るとまた状況は一変。
日本の近代化は1867年の明治維新以降、日本人自らの手で成し遂げたものだけど、
韓国の近代化は韓国人自らの手によってではなく、
1910年の日韓併合以降の日本(=明治新政府=『味方』徳川幕府を倒した『敵』)
による『お仕着せ』によるものでした。
なので、鉄道のジオラマ展示の説明は『鉄道を敷き、韓国各地から産物と労働力を収奪するため』、
郵便ポストや初期の電話機は『植民地支配を効率よく行うため』。
自国の近代化を自国の手でできなかった『ひがみ』がとっても大きい感じ。
音声ガイド聞いてて、なんだかやりきれなくなってきちゃう。
でも朝鮮側から見た日本の政権に対するスタンスって、実はとっても解かり易いんだなぁ。

「搾取」だの「収奪」だの言うけど、
朝鮮全土から納められた税収 < 朝鮮総督府の予算
で、実際のところ朝鮮統治は大赤字。
毎年多額の予算が本国日本から補填され、植民地朝鮮のインフラ整備のために使われました。
回されたのは日本国民の血税なので、収奪されていたのは実は日本国民の方なんだけど。

賑わう海雲台駅の周辺1
海雲台駅の周辺2

こうして博物館で有意義な時間を過ごすと、陽も傾いてきました。
なんでそろそろ今夜の宿を探さないと。
で候補としては、どちらも釜山市内にあって地下鉄で行ける、
東莱温泉(トンネ オンチョン)と海雲台温泉(ヘウンデ オンチョン)の2大温泉街のどちらか。
東莱温泉は市街地中心からちょっと北の、いかにもな温泉街で、
海雲台温泉は市街地から東の、綺麗な砂浜の海に面した温泉街。
僕の定宿は東莱の方なんだけど、GWに3連泊もしたばっかで新鮮味に欠けるんで、
今回は1泊しかしていない海雲台の方で宿を見つけることに。

だけどこれ、ミスチョイスでした。
海雲台は温泉街であると同時に、韓国有数のリゾートビーチ。
快晴で灼熱の太陽がギラギラ照りつける8月第2週の土曜日なんて、まさに絶好の海水浴日和。
「夏の海もチョットはいいかな。」
なんて軽い考えでこちらを選んだけど、考えることなんてみんな同じ。
地下鉄が海雲台駅に到着すると、
「えーっ!?この駅にこんなにも人が降りるの?!」
って、思わずムンクの『叫び』のポーズを取りたくなっちゃうくらい、
これから浜辺で夕涼みしようという大勢の釜山市民達が、僕と一緒にドヤドヤと電車から吐き出され、
ラッシュ状態だった車両は一転してガラガラに。
そして駅から浜辺までは数百m程あるんだけど、道は人・人・人でごった返し。
観光客ターゲットの馬車まで走っています。

で、とりあえず、僕が海雲台で定宿にしている、浜辺に程近い温泉ホテル(安宿)に行ってみたんだけど、
今夜に限っては残念ながら満室。
もちろん浜辺に隣接する名前が通っている温泉ホテルなんて、
空室の有無以前に全然の予算オーバーなんで問題外。
ということで、もう温泉宿にこだわっていられる場合ではありません。
浜辺付近のモーテル類を片っ端から訪ね歩いてみたんだけど、
宿の前には浮き輪やゴムボートなどが所狭しと並べてあって、ことごとく満室で玉砕。
門前払いの状態が続きます。
「うわー、マジかよ…」
とうとうとっぷりと日も暮れて。
24時間営業の温泉の仮眠室泊も一瞬考えたけど、さすがに前日もネカフェ泊だったしなぁ。
「東莱かぁ…」
海雲台を諦めてこれから再び地下鉄で東莱に向かうとすると、
ゆうに40~50分はロスになっちまうんだけど、仕方ないかぁ。

いかにも連れ込みな…モーテル

そんなわけで浜辺から駅までトボトボ歩いて戻っていると…
「あ、温泉マーク…」
1軒の温泉マークのネオンが目に留まりました。
ちなみに『温泉マーク』は韓国では『温泉』だけではなく、『宿泊施設』全般のことを示しています。
ここに温泉マークがあるのは前から知ってたけど、その宿に泊ったことはなくて。
でもこれを逃すと海雲台駅はもうすぐそこで他の宿はもうないので、
いわばこれがラストチャンス。
ということでネオンを目印に1本路地に入ると…
「うー、何だかとっても怪しいなぁ…」
いかにも連れ込みなモーテルが…。でもでも背に腹代えてられる場合でもないし。

「よぼせよ、おぬるばむ ばんいっそよ?(すいません、今夜部屋あります?)」
「ネー。(はい。)」
「え、ねー?!(え、あるの?!)」
てっきり他の宿同様「アニョ。(ないです。)」と言われるもんだと覚悟してたんだけど、
浜辺からは若干離れてるんで、ここまではさすがに海水浴客も来てないみたい。
こいつはラッキー!3連発ってか?

「おるまいむにか?(いくらですか?)」
「チュマルヨグム(週末料金) 9万ウォン(7149円)。」
「えっ、9万ウォン?!」
ちょっと高いなぁ…。
すると、アボジ(オッサン)はフロント(というか受付)上に明示してある料金表を指差しました。
するとすると、吹っかけられてるわけじゃなくて、確かに平日8万W、週末9万Wって書いてある。
ラッキー!…では全然ないなぁ。さすがにラッキー3連発とはいかなかったかぁ。
でもでもでも、これから東莱に移動なんかしたくないし。
ということで仕方なく現金で9万W支払い、ここに泊ることに。

ピンクな廊下

ルームキーと歯ブラシを1本もらい、部屋の階でエレベーターを降りると
「うわー!、廊下がピンク!」
ちょっと絶句。
部屋に入る時、向かいの部屋から『猫なで声』のような声が聞こえたような気がしたけど、
聞こえなかったことにして…

室内

でも部屋に入ってみると、中はいたってまともでした。
部屋はシックにまとまってて明るく、ベッドも丸くない。
安宿に泊ると、得てして部屋全体もショッキングピンクでムーディな照明でベッドが丸い、
なんてこともよくあるんだけど。

「うーん、9万Wかぁ…」
一心地ついて、改めて宿代について考えてみると、どう考えてもかなり高い。
これくらいの部屋なら、いいとこ4~5万Wが相場だと思うんだけど…
…そこでふと考え付きました。
この宿、韓国の恋人達(とは限らないけど)が一夜を過ごすためにあるので、
部屋の定員は2人。
で、9万Wというのは『ルームチャージ料』。
2人で割れば4.5万Wと、まさに相場ピッタシ。
そこに1人で泊ろうとしてる話なわけで。

そこでアボジは
「1本でいい。」
というのに歯ブラシを2本くれようとしたり、
「お前本当に一人で泊るのか?」
と何度も念を押したりしたのか?
あのセリフ、
「お前、後から『お持ち帰り』してくるんじゃないのか?」
というニュアンスを含んでたのかな?
もしかすると、
「何だったら、『お取り寄せ』してやろうか?」
というサインだったのかも。

海雲台市場1
海雲台市場2

宿も何とか無事見つかったんで、せっかくなんで浜辺まで行ってみることに。
ということで、先程は大荷物抱えて駅までトボトボ歩いてきた道を、
今度は身軽になって浜辺までルンルン気分で戻ります。
通りには、こんな感じでハングルのネオンが連なり、
海雲台市場(ヘウンデ シジャン)からも観光客が絶える気配はまだまだ全くありません。

5月の海雲台ビーチ
今回の海雲台ビーチ

で程なく海雲台ビーチに到着。
1枚目の写真は、海水浴シーズンではない前回GWに訪れた時の朝に撮った写真。
この様に、人工的に敷き詰められた白い砂浜が、1.8kmにも渡って一面ズーッと続いています。
青い海と相まって、とってもキレイ。
今日の昼、この浜辺にはたくさんのビーチパラソルが開き、
大勢の水着姿の老若男女が押し寄せたんだろうなぁ、
なんて気楽に思ってたんだけど、帰国して調べてみると、
ナント、多い日には1日100万人!もの海水浴客がやって来るんだそうな。
どっひゃーん!! \( @o@;)/
『大勢』のレベルがちゃうやん!
宿がみつかったの、やっぱりラッキーだったのかも。

その熱気は日が暮れても全然冷めやらず。
浜辺は街路灯によって大変明るくライトアップされています。そして
「何でこんなに人が?」
と思わずにはいられない位の大勢の観光客が夕涼みしていて、
(100万人も来てたらこれ位は当たり前か。)
水際では子供達やカップルがキャッキャ言いながら波と戯れています。

スケボーのイベント

浜辺の一角には特設ステージが設けられ、スケボーのイベントをやってました。
ノリノリのDJが走者を呼ぶアナウンスの中には、日本人の名前もありました。
こんな感じで、当たり前のように日韓交流が深まっていくのはいいもんです。

焼肉店の看板
カルビとビール!

そんなこんなで海雲台をウロウロしていると
(文字画像)「ぐぅ…」
お腹が鳴りました。
そういえば、ビートルサンド以来、固形物は何も口にしていないんだなぁ。
すると、美味そうなお肉の写真ががズラーッと並ぶ看板の焼肉店が目に入りました。
(文字画像)「ぐっぐぐぅ…!( ̄p ̄)」
お腹はもう全然待ってくれないし、口からヨダレがタラーと本当に出ててもおかしくない状態。
なんで、1も2もなくお店に飛び込みます。
(文字画像)
いやぁ、空きっ腹にビールは五臓六腑にスンゲェ染み渡るなぁ。そして、
(文字画像)「センカルビ トゥル!(牛・骨付きカルビ2人前)
(文字画像)デジカルビ トゥル!(豚・味付カルビ2人前)
(文字画像)。≠( ̄~ ̄ )モグモグモグモグモグ」
一人きりなのにお肉を2人前ずつ、店員もチョット驚いてたけど、計4人前注文。
(文字画像)「いやー、ましいっそよー!(美味いぞー!) (^u^)ウマイ!」
そしてビールが空いた後、
(文字画像)「マッコリ(韓国のどぶろく)(文字画像)ちょせよ!(下さい!) オカワリ (^o^)_U」
そしてそして、更にお肉のおかわり!…をしようとしたんだけど、
「えっ?!閉店時間ですか…」
ということで、残念ながら飲みきれなかったマッコリのボトルを『お持ち帰り』にし、
宿に戻ることに。

ホテルにて

こうして、韓国の恋人達が眠らない、
秘めやかなめくるめく一夜を過ごす部屋に戻ってきました。(2の意)
で、日本の変人は眠るまでのしばしの間、『大人のムフフな時間』。
小さな画面でめくるめく一夜を過ごしました。(1の意)
ちなみに、『めくるめく』の意味は、
(1)目がくらくらする、チカチカする。めまいがする。
(2)魅力にひかれて理性を失う。
でも小さな画面だったけど、理性を失うには十分だったかな。

かくして、一人者の一人旅の一人寝の一夜は、
密やかに更けていくのでした…。

“はにーの 韓国東海岸北上の旅 ’09夏
 その2の1 釜山観光編” 1件コメントがあります

  1. あいうえお | 2010/01/27

    韓国の時刻表は3000ウオンから一気に5000ウオンに値上げされたが、
    同時にウオンが暴落したので、円換算では大差なし。

    『地球の歩き方 韓国』の08~09版は、09~10版より、
    内容が詳細。『釜山』出したので、『韓国』は中身を減らした。
    こうしたことをするんだ、ダイヤモンドビッグ社は。

    モーテル9万ウオンはあきらかに高い。
    ぼられたのか、特異日か?
    (韓国では、特異日は室料がはねあがる)
    土曜日で、アベックさんで周辺のモーテルが
    全部満室だったか?
    駅前のアリランホテルと広場観光ホテルが4万ウオン、
    東横イン6万ウオンと比べても。

    ちなみに私の定宿、フェリーターミナルに一番近い
    マリーナモーテルは、4万ウオン。

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