はにー の「2010年秋の釜山」
パート4 『パンスタードリーム』ワンナイトクルーズ編

こうして中央洞駅で地下鉄を降り、釜山港国際旅客ターミナルまで歩いて戻ってきました。
目の前にはこれから乗船する大阪行き『パンスタードリーム』が停泊しています。
ちなみにこの釜山国際港から出る定期船は、
対馬(比田勝・厳原)・博多・下関・大阪と、全て日本行き。
そしてこの大阪行き『パンスタードリーム』は、これらの中での最長航路ということになります。

さて、このパンスターライン社の『パンスタードリーム』による釜山-大阪航路開設は2002年4月。
6月のサッカーワールドカップ日韓共同開催の直前でした。
僕はその年の12月に大阪→釜山で乗ったことがあるんで、今回は約8年ぶりの乗船です。


(定期船氏 『定期船ブログ』より掲載。)

ところでパンスターラインが運行する前の釜山-大阪航路はというと…
1986年~93年、『オリンピア88』・『檀皇』というフェリーにて
大阪国際フェリーという会社が運行していました。
この航路、投入した船に『オリンピア88』と名付けたことからもわかる通り、
88年に開催されたソウルオリンピック観戦客の利用を当て込んで開設されたのは言うまでもなし。

ちなみに、この『オリンピア88』は元は日本のフェリー『おおすみ』。でしたが、
 大阪⇔志布志/東神戸⇔日向 おおすみ(日)
 釜山(韓)⇔大阪(日)       オリンピア88(韓)
 威海(中)⇔仁川(韓)       新金橋(中)
 釜山(韓)⇔貨物輸送       モーニンググローリー(韓)
 平沢(韓)⇔威海(中)       KCブリッジ(韓)
 釜山(韓)⇔門司(日)       ↑
この様に、転売されて就航する航路を転々と変え、その度に船名を変え、国籍も変わり…
そして最期に『KCブリッジ』として釜山-門司航路に就航するも、
エンジン故障によりその波乱の生涯に幕を閉じたのは前述のとおり。

ちなみに×2、この大阪国際フェリーという会社、『許永中』なる人物がオーナーをしておりました。
彼は「日本政財界のフィクサー」「裏経済界の帝王」などと呼ばれ、
「戦後最大規模の不正経理事件」といわれた『イトマン事件』を起こし、
逮捕されるものの保釈中になんと逃亡!(その後再逮捕され、現在は服役中。)
ということで、利用者の低迷ということももちろんあったんでしょうが、
そんなこんだな理由があったもんで、航路は廃止に。
そしてパンスターラインがこの9年後の2002年に航路を復活させて現在に至る、という訳で。

ということで窓口でチケットの購入を。
乗船申請書に氏名と旅券番号と予約番号、利用クラスなどを記入して窓口へ。
「はにー(仮)様、今回はスタンダードBのご利用ですね。あとお食事はどうされますか?」
「えっ?ご飯ってどういうことですか?」
「船内でお食事代金を支払って頂くなら、
夕食15000W・朝食10000W、合わせて25000Wになるんですが、
乗船前にお食事券をクーポンとして購入して頂くと、それが18000Wになります。ご購入されますか?」
なんと、事前購入だと7000Wも安くなるのかぁ!
今回ももちろん食料の持込なんて考えてなくて、2食ともレストラン利用のつもりだったんで願ったり叶ったり。
「はいはいっ、購入しますっ!」
(コイツはラッキー!だと思っていたんだけど…実は…↓)
「それではスタンダードBの運賃125000Wと燃油サーチャージ10000Wとターミナル使用料3200W、
それにお食事のクーポン18000Wで合計156200Wになります。」
「あのー、カードでいいですか?」
「ではターミナル使用料の3200Wのみ現金でお願いします。
その他の153000Wをカードでのお支払いとさせて頂きます。」

ところで釜山からの出発なんだけど、
片道運賃&燃油サーチャージ&ターミナル使用料は合計138200W、
今回の為替レート1円=13.56Wで計算すると約10190円。
ところが大阪から出発だと、16000円+1000円+600円=合計17600円。
ということで、釜山発の方がざっと7410円・約42%も安くなる勘定です。これはというと…
かつて円とウォンの為替相場というと、大体1円≒10Wというのが常識でした。
なので02年の航路開設時は、運賃は大阪発13000円・釜山発130000Wに設定されました。
その後燃油サーチャージ導入(1000円/10000W)は別として、
為替レートはどんどん円安ウォン高に。そこで07年4月、
釜山発:130000W → 125000W 値下げ
大阪発: 13000円 →  16000円 値上げ 
と運賃改定がなされました。
ちなみに円vsウォンチャートを調べてみると、最もウォン高だったのは07年7月で、1円=7.45W。
ということで、この時の為替レートを適用してみると、
138200W=約18554円>17600円
と、逆に大阪発の方が安く、適正運賃だったのでした。

ところが08年秋のリーマンショックでウォンは大暴落。
為替は逆に円高ウォン安に振れたんだけど、その後も運賃改定はなされないまま。
なので現在釜山発にはかなりの為替メリットがあります。
船会社としては本当は再改正して釜山発運賃を値上げしたいところなんだろうけど、
そんなことをしたら乗客の多くを占める韓国人の客離れを招くのは必至。
ただし乗船率がそこそこ高いのでやっていけているのかなぁ。
反対に大阪発は為替デメリットが直撃。
ただし日本人乗客は元々あまりいないので、
値下げしたところで集客には全くもって直結しないのでこのまま、というところでは。
ただそれではあまりにも、ということで、大阪発の運賃では夕食・朝食をコミコミに。
こうして少しでも差額を小さくしようとしているようです。

さて、他の博多/門司/下関行きのフェリーは、
玄界灘を越えるだけでさほど時間がかからないので深夜発ですが、
玄界灘を渡り、更に瀬戸内海を航行する大阪行き『パンスタードリーム』は、
チェックイン~13:30/イミグレ開始13:30/乗船開始14:00/出港15:10、とちょっと早い。
なのでチェクインを済ませると、少し遅めの昼食時間にピッタリです。
そこでイミグレ開始まで、軽食コーナーでラーメンとチヂミを注文してお昼ごはん。

韓国でラーメンを注文すると目の前で袋を開けてインスタントラーメンを茹でだすし、
コーヒーを頼むとえてしてインスタントコーヒーの粉末にお湯が注がれます。
これらのこと、韓国に来た当初は
 おぅっ?!」
と面食らってたもんだけど、いつの間にかもう慣れちゃったなぁ。
ま、なんにしても、チヂミはもちろんラーメンも
「マシイッソヨ。(美味しかった。)」
からいいんだけど。


↑(上)大阪港停泊中の現『パンスタードリーム』
 (下)『さんふらわあくろしお』(もりえだひろふみ氏 『にらいかない』より掲載。)

これが今回乗る『パンスタードリーム』。
釜山-大阪航路開設は2002年4月。
僕はその年の12月に大阪→釜山で乗ったことがあるんで、今回は約8年ぶりの乗船です。
実はこの『パンスタードリーム』、元々はその前年の01年9月まで
東京⇔那智勝浦⇔高知航路に就航していたブルーハイウェイラインの『さんふらわあくろしお』。
http://www.nda.co.jp/memo/voyage1/
http://idyllicocean.com/shipsdb/reports/rp_sfkuroshio0001.php

『くろしお』は01年9月の高知航路廃止直後の10月から12月まで、
故障したフェリーの代替船として神戸-別府航路に臨時就航していたようなので、
『くろしお』→『パンスター』のタイムラグはわずか4ヶ月ほど。
なので前回乗船した時はほとんど大きな改造はされておらず、
まだまだ日本船籍だった頃の面影が船内随所に残っていた記憶があるけど、
あれから8年、どうなっていることやら。

さて乗船してみると、
 おおっ!」
まずはエントランスにデーンと置かれたグランドピアノとヴァイオリンにてウェルカムミュージックが。
「フェリーを単なる移動ではなく、クルージングととらえた」
というキャッチフレーズを謳うだけあって、ちょっと他のフェリー航路よりはサービスがよさそう。

また、たまたまこの便で航路開設からの乗客がめでたくも100万人に達したらしく、
エントランスではちょうどその記念式典をやっていて、
その100万人目の乗客になったカップルに対しては何らかの記念品が贈られたようでした。
ということで、航路開設から約7年半で100万人達成。
まずまず順調といえますが、パンスターライン、必ずしもこれまでずっと順風満帆だったわけではないのかも?
ということで、この8年間の年表を勝手に作ってみました。

・2002年4月、釜山-大阪航路開設。
この時は『パンスタードリーム』1隻だったので、週3往復でした。
その後業績も多分順調に推移、またウォン高という追い風もあったからでしょう。
パンスターライン社は強気になって積極経営に乗り出します。

・2007年4月、釜山-大阪航路に2隻目『パンスターサニー(元『さんふらわあみと』)』を傭船して投入。
これで釜山-大阪航路は週6往復に。

・2008年6月、釜山-金沢航路開設。
3隻目『パンスターハニー(元『ほるす』)』を傭船して投入。
また、天候の荒れる冬季の日本海横断の運航には、
『ハニー』14000(国際)トンの倍以上ある30000トン級の船を別途投入したい、と計画。
またまた、ゆくゆくは釜山の西方50kmにある馬山(マサン)までの航路延長を計画。

・2008年12月、大阪航路6往復の内の1往復を神戸発着へ。
港町・神戸の観光地巡りや有馬温泉を絡めたツアーを計画してたのかな?

↑大阪航路の『パンスタードリーム』(手前)と『パンスターサニー』(奥)
(『福岡発 コリアフリークなBlog』より掲載。)

↑金沢航路の『パンスターハニー』(『長崎港 -デジカメ無料写真館-』より掲載。)

といういことで、こうして手持ちのクルーズ船は3隻にまでなりました。
このようにアクティヴな会社経営を行っていくんだけど…
ところが2008年の世界経済状況はというと、もう何度も書くけど、
上半期は石油価格の暴騰、下半期はリーマンショックによる世界大不況とウォンの暴落、
という想定外の展開。そこでどうなったかというと…

・釜山-金沢航路
2008年6月、航路開設。

わずか4ヶ月後の08年10月に航路廃止。
馬山延長も計画のみ。
30000トン級船投入なんて夢のまた夢。冬になる前に航路廃止しちゃったし。
(ちなみに『パンスターハニー』は現在青函航路『ブルードルフィン』として日本に復帰。)

・釜山-大阪(神戸)航路
2007年4月、2隻態勢・週6便へ。
2008年12月、週1便を神戸発着に。

09年4月、『パンスターサニー』を返船。(ちなみに現在は『中遠之星』として台中航路に就航。)
それに伴い神戸発着も廃止。
ただし12月は就航延期、2・3月は船舶故障による寄港中止で、実際の神戸寄港はほとんどなし。
僕も神戸発の初便に乗ろうと電話したんだけど、「運休!」と言われて乗れなくて。
こうして釜山-大阪航路はかつての『パンスタードリーム』1隻・週3便体制に戻りました。

このように、一時期は最大3隻も運用していたパンスターラインですが、結局は元の1隻に。
それら計画(野望)はあっという間に全てがぶっ飛びました。
これらの後遺症が残っているなら、もしかすると会社の内情はそこそこ厳しいのかも。


これが今夜一晩の僕の寝床、スタンダードB。
インサイドの2段ベッド×2=4人部屋です。
各ベッドの頭上にはタッチキー式の貴重品ロッカーがあるけど、壊れていて鍵はかからず。
なので単なる小物入れとしてしか使えません。

※行きの『セコマル』と同じように、『パンスタードリーム』でも
「上等船室の写真を撮らせて。」
とお願いしたんだけど、
「今航海ではそれらの船室にお客様が乗られているのでダメです。」
とムゲなく断られてしまったので、
他の船室の写真を見たい方は日本側代理店・サンスターラインのHPからどうぞ。
http://www.panstar.jp/

今回同室になったのは、ソウルの知人に会いに行っていたという大阪の年配のおじさん。
おじさんはなんと100万1人目の乗客だったらしい。
 あの外人さん二人はなぁ、ワシの前の客だったんだわ…。」
と、ちょっと悔しそう。
 へー。そうだったんですか。
僕も数年前、長野の立ち寄り温泉で250万-(マイナス)ン人目の利用者になって、
達成記念の折り畳み自転車を貰い損ねて記念のタオル貰っただけ、っていうことがありましたよ。
 なのでその気持ちわかります。ウンウン。」
 ほー、君にもそんなことがあったか。
 でも君はタオルを貰えたんだろ。ワシはなーんも貰えんかった…。」
 まあまあ…」
でも実際は人のいいおじさんでした。
見知らぬ同室の人と仲良く旅ができるのは、フェリーや寝台特急の面白さの一つですね。

さて自分の(上の空いている)ベッドにかばんを置き、甲板に上がってきました。
他の乗客達も思い思いに散策しながら出港を待っています。
最上のコンパスデッキにはこの様にヘリポートの着陸ラインが書かれたりしていて、かなり広々してます。

またコンパスデッキにはスカイジムという建物があって、
中には卓球台やトレーニングマシンが置いてありました。
でもほこりとかかぶっていて、しばらく使われた形跡がありません。

そうこうしている内に、
「ボーーーーーーーーーー。」
もう全ての客が乗り込み、貨物も積み込んだのでしょう。
『パンスタードリーム』はまだ14:45だというのに、汽笛を鳴らすと早々とフライング出港していきました。

※ということで、行きの『セコマル』も帰りの『パンスタードリーム』もフライング出港。なぜなら
航行時間に余裕→より燃費の良い低速巡航が可→燃料を節約→コスト減、とすることができるからです。
なので国内外問わず、フェリーには時間の余裕を持って乗船しましょう。
出港予定時刻ギリギリに飛び込みで乗船しようとしたら、フライング出港してて船がもういない、
なんてことがありえるかも。
特に貨物主体で乗客があまりいない航路は要注意。

さてさて『パンスタードリーム』は大型船なので、離岸して加速しだすまでにはなかなか時間がかかり。
するとすぐ横をほぼ同時刻に出港した小さな『ビートル5世』が、アッという間に加速していきます。

 へぇ~、あんな船も走っているんじゃな。」
とそこへ、同室のおじさんがやってきて話しかけてきました。
おお、それを僕に聞きますか。すんごく詳しく説明してあげられますよ。
 あの船は『ビートル』といって、JR九州がやっている博多行きの高速船ですよ。
所要時間は2時間55分。なので今出港なら6時前には日本に着いちゃいますね。
もしあの船に乗って博多で新幹線に乗り換えなら、多分今日中に大阪のご自宅まで帰れましたよ。
釜山発はちょっと覚えてないけど、博多発の片道運賃は13000円。
でも『超ビートルスペシャル』というきっぷなら、確か往復10000円です。
便指定なんで、時間に融通利かないとちょっと使い辛い面がありますけど。」
 ほうほう。ちなみにこの船の大阪到着は明日の何時じゃな?」
 明日の朝10時です。まだまだ先は長いですねー。」
 そうだなぁ。ワシは飛行機が苦手なんで今回船にしたんじゃが、明日の朝10時かぁ、長いなぁ。
ワシは今隠居の身なんで時間には融通が利くし、次回は一度『ビートル』に乗ってみるかな。」

さて釜山出港を見届けてから、船内に戻ってきました。
こちらがインフォメーション。
『さんふらわあくろしお』の頃、船は『和』のテイストで統一されていたはずなんだけど、
ブルーのライトを基調としたデザインに変更され、全く違った雰囲気になっています。



そしてこちらはエントランス上の吹き抜けと、Bデッキ(1F)⇔Aデッキ(2F)の階段、
Aデッキの吹き抜け部にあるミニサロン。
とってもモダンアートチックなデザインとなっています。

02年航路開設時の『さんふらわあくろしお』→『パンスタードリーム』の時点では、
期間的なこともあって改造は最小限だったんでしょうが、
『パンスタードリーム』『パンスターサニー』『パンスターハニー』と
手持ちの船が3隻になって配船に余裕ができた08年頃、
会社方針もあってこの様に徹底的な改造がなされたと思われます。

この船の『さんふらわあくろしお』としての就航は97年新造~01年のわずか4年間。
しかし02年に『パンスタードリーム』に生まれ変わって以来、既に倍の8年が経過。
なので日本船籍であった頃の痕跡はもう残っていないようでした。

レストランではステージのスクリーンで映画を上映。
内容は朝鮮戦争のエピソードのものでした。
しかし韓国語セリフオンリーで日本語字幕もないので、
詳細内容は全くわからずに、ただただドンパチ。

船内にはコンビニもあります。
営業時間は 15:00~2:00 & 6:00~9:00
深夜はCLOSEするみたい。
品揃えはまずまずだけど、しかしアルコール類は売ってなくて。

なのでコンビニ前やロビー等にある自販機で缶ビールを買うことになります。
350ml缶250円、500ml缶300円。
免税価格ではないけど、まぁこれくらいが海外航路の船内相場なのかな。

ソフトドリンクの自販機は船内外各所に設置。
ペットボトルは150円、缶コーヒーは120円と、市販価格と変わらず。


Aデッキ後部には、ビール、ジュース、缶コーヒー、冷凍食品、
全ての自販機が揃ったミニロビーがあります。
冷凍食品は350円~500円。
そういえば自販機は全て円対応ですね。


インフォメーション横には免税ショップとギフトショップ。
営業時間は 16:00~21:00 & 7:00~8:30
品揃えはまずまずいいと思うけど、でも欲しいものなくて。

ところで大阪→釜山便も大阪出港は15:10発。
なんだけど、出港後はあたりまえだけど瀬戸内海を航行するので、
まるで九州航路のフェリーに乗っているみたいな感じです。
そして16時頃というと、甲板に出てみるとまだ明石海峡大橋をくぐったくらいで、
しばらくは本州・四国・淡路島・瀬戸内の島々…といった、とても見慣れた風景が続くんだけど、
ところが船内では免税店がOPENして、洋酒とかタバコとか売ってるんです。
8年前に大阪発で乗った時は、スッゴク不思議な感覚に陥りました。

エントランスには他に、ビジネスセンターと名付けられたコーナーにPCが2台ありました。
インターネットに接続できて、1000W/10分。(利用は1時間まで。)
ただし駅とかにある街頭PCの料金100W/5分に比べるとかなり高いからか、
誰もやってなかったなぁ。

またエントランスの一角にはカジノ台もありました。
しかし一時期僚船だった『パンスターサニー』はパナマ船籍だったので、
パナマの法律が適用されるから船上カジノは合法のはずだけど、
『パンスタードリーム』は韓国船籍なので、韓国の法律が適用されてカジノはご法度のはず。
…と思って調べてみたら、法律上では
「1万トン以上の韓国と外国とを往来する船は、関連する大統領令が定めた要件に適合した場合、
行政当局の判断によりカジノ業を行うことができる。」
ということになっているようなんだけど、実際に許可された船はまだ一隻もない、というのが実情らしい。

『パンスタードリーム』は21500(国際)トンの釜山と大阪を往来する船。ここまでは条件を満たします。
ということでこのカジノ台、HPではカジノ体験館と説明されて今航海では単なる飾りになってたけど、
実は「韓国船籍初のカジノ船」を一時期本気で狙っていたその名残りなのかも。

こちらはBデッキ後部にあるノレバン(カラオケ)ルーム×2。
料金は20000W/H。
営業時間は17:00~23:00。
インフォメーションで受付とのこと。
でもヒトノレ(=ヒトカラ:一人カラオケ)は行きの『セコマル』でやったし、もういいや。

あとHPなどでは船内でアロマテラピーもやっているみたいなんだけど、詳細不明。

船内を一通り回ったんで、また甲板に出てみました。
これは『パンスタードリーム』の右舷側ファンネルと、海上を照らすサンシャワー。
僕の今回の旅でのお気に入りの1枚です。

そしてこれが3Fブリッジデッキにあるラウンジ『夢』。
ところが営業時間は16:00~のはずなのに、
何度行ってみても、いつまで経っても、
ドアには「CLOSED」のプレートが掛かったまま。
店内の電気は煌々と点いているのになー。

と、こんな感じでお風呂を除き船内の写真をほぼ撮ったんだけど…
 ウエップ…」
船酔いしたらしく、だんだん気持ち悪くなってきました。
そこで自分のベッドへ戻ることにしたんだけど、すると…
 ウエップ…」
おじさんもウプウプしていました。

 あれっ?おじさんも気持ち悪くなってきました?」
 なんだ、君もか。」
 昨日、台風が日本列島の南をかすめたばかりですもんねぇ。その影響でしょう。」
 そうじゃなぁ…。」
 晩御飯18:30からでしたね。僕はそれまで一眠りすることにします。」
 ワシもそうすることにしよう。」
ということで、二人して自分のベッドにもぐりこみ、体力の回復をはかることに。

そして18:30のちょっと前になると…
「乗客の皆様ぁ~。レストランでは皆様のお越しをお待ちしておりますぅ~。」
という無情な船内放送が。

 おじさん、少しは調子よくなりました?」
 いんやぁ、あんまり…。」
 僕はちょっとお風呂に行ってこようと思います。少しは良くなるかもしれないんで。」
 ワシはもうちょっと横になっとるわぁ…。」
ということで、僕はお風呂に行くことに。



これが浴室。
利用時間は 15:00~23:00 & 5:00~9:00
『さんふらわあくろしお』時代とほとんど変わっていないと思われ。
壁にボディーソープ&シャンプーのディスペンサーが取り付けられたくらいで。
ただし僕が乗った『パンスタードリーム』になりたての頃、
まだ脱衣場にあったコインロッカー(ただし韓国人は100円玉持ってないから鍵なし)
は撤去され、ただの棚になっていました。

湯船は40℃適温と、サウナ用の水風呂・ただし水位ほとんどなし、の二つ。
適温の方は『イースタンドリーム』の時と同じように、東映オープニングの『荒磯に波』状態で、
水位の低い水風呂側にザブンザブンしてたんだけど、粘って写真撮る元気がなくて。
そしてサウナもちゃんと稼動していたんだけど、こんな所で体力を使うわけにはいかなくて。
乗客はみんなレストランに行ってしまったようでしばらく貸切だったんだけど、
午前中はまだ温泉巡りしてたもんだから、入浴欲求もまだ全然なくて。
なので適温の方の湯船にちゃぷんと浸かり、そそくさと部屋に戻りました。

部屋に戻るとおじさんはもうレストランに向かった後。
なので僕もレストランに行くことに。

『さんふらわあくろしお』の頃のエントランスはダンスホール兼用だったようなので、
それを引き継いだ『パンスタードリーム』のエントランスももちろん広々。
だけどエントランスなんて実際下船時に乗客が集まる時くらいしにか使われないんだよね。
そこで一角が区切られ、そこにもテーブルと椅子が置かれてレストランスペースが拡大しておりました。
これは合理的な方法だなぁ。


夕食タイムは18:30~19:30と、とある理由(後述)でかなり短め。
料理はバイキング方式。
プルコギ・チャプチェ・冷麦・焼きそば・点心・スープ・サラダ・スイーツ・フルーツ・etc.…
メニューは盛りだくさんでよりどりみどり。キムチももちろん充実。
ちまたにあるバイキングレストラン並みに豊富です。

しかしなぁ、こちとらストマック(胃)がウプウプ状態なんだよね。
とっても美味しそうな料理ばかりなんだけど、でも食べたら絶対リバースするのは必至。
あぁっ!釜山港の窓口で、
「食事代は前払いでクーポンで買った方が安いですよ。」
なんていう甘い言葉に釣られてしまったけど、
 やられたぁ~!」
って気分。食券買っていなければ、夕食は絶対パスしたのに。

周りを見渡すと、多くの乗客は健啖家で、料理を美味しそうに
 パ~クパク、ム~シャムシャ!」
しかし中には僕と同じように、
 ウプウプ…」
皿に盛られた料理とにらめっこしたまま、一向に箸が進まない乗客も少なからず見受けられました。
ということで、僕は旅行記の写真を撮るためのサンプルとして料理を皿に盛り、
写真を撮った後申し訳程度に口をつけ、オレンジを4片だけ食べてGIVE UP。もったいない。
もちろん食事時恒例のビールもなし。ちなみに頼めば500円。
なおレストランなんだけど、ある理由(後述)によりウェイトレスさんは美女ばかりです。

というわけで、体力もかなり落ちているので、早々にマイベッドへ撤収することに。
しかしその前に、インフォメーションへ。
「あのー、今日のお客さんは何人ぐらい乗っています?
あと日本人はその内何人ぐらいですか?」
「ちょっとお待ち下さい、調べてみますので…。
…本日のお客様は209名、その内日本人は70名ほどですね。」
ふーん、1/3は日本人なんだ。思ったより多いな。

その時、カウンターの横から青い顔した韓国人のオッサンが、
パーサーのお姉さんに何やら話しかけると、お姉さんも何やら返答し、
オッサンが頷いてお札を出すと、お姉さんは引き出しから小瓶を取り出して手渡しました。
「あのう、今のって、もしかすると船酔いの薬ですか?」
「はい、そうです。2000Wになります。」
 わぁ~、下さい下さい、僕にも下さいっ!」
「でも、8時頃になると日本の近海になるので、揺れもだんだん治まってきます。もう少しの辛抱ですよ。」
今の時間は19:35、お姉さんの話が本当ならばあと30分もすれば船の揺れは治まってくるわけで。
しかし現状胃がウプウプしているのは確かだし、どうせなら旅行記の写真用に撮りたいし、ということで、
「やっぱり下さい。」
と購入し、写真をパチリとしてからすぐさま服用。

すると、本当に20:00頃になると、船の揺れは治まってきて…
薬が効いたからなのか、それとも単に揺れが治まったからなのか、そのどちらもなのか、
いずれにしても胃のウプウプはすっかり良くなりました。

そして部屋に戻ったちょうどその頃、
「間もなく特設ステージでクルーズイベントショーが始まります。皆様お誘いあわせの上お越し下さい。」
という船内放送が。
そうなんです。通常フェリーのレストランは2~3時間ぐらいは営業しているものなんだけど、
『パンスタードリーム』では夕食の後、レストランの一角にあるステージでイベントが行われるんで
営業時間がとっても短いのでした。
 結果論だけど…、
もしイベントがなければレストランはもう少し長く営業してるだろうから、
そうすればウプウプが治ってから御飯をゆっくり食べられただろうに…。」
まだ晩御飯を食べられなかった事に未練タラタラ。そして
「これでイベントが韓国人団体客向けのカラオケ大会だったりしたら…
イベントそのものにもさほど期待せずに、再びレストランにやってきて、空いている席に着席。

そして20:15頃、舞台そでから若い兄ちゃんのMCが現れました。
「レディースアンドジェントルマン、『パンスタードリーム』へようこそ!
今宵、旅の一時をクルーズイベントショーでお楽しみ下さい。」
などと言っているのでしょう。
MCの兄ちゃんの軽快なトークに、客席からは時より
 ドッ!」
と笑い声が。ただし、
「ワタシ ニホンゴ ベンキョウチュウデス。ダケド マダ ハナセマセン。ゴメンナサ~イ。」
と、タドタドシイニホンゴで喋った以外は全て韓国語のトーク。
なので何を言っているかは、僕には残念ながら全くわかりません。

ひとしきりのトークの後、MCの兄ちゃんに紹介されて、
ヴァイオリンとチェロを持った二人の美女がステージに登場しました。
「♪~♪」
二人は軽快なテンポで演奏し始め、
それに合わせてバックスクリーンに映し出されるイメージがめまぐるしく変わり、
また二人には色とりどりな照明が当てられます。

これらのショーを撮った写真、デジカメの特性がイマイチで光の強弱についていけず、
いい画が撮れなかったなぁ。残念。

何はともあれ、ウプウプ状態だった1時間前とはうって変わり、

ということでカウンターで生ビールを注文。

何曲か弾き終わると、チェロ美女はそでに下がり、ヴァイオリン美女の独奏に。
演奏はとても素晴しく、思わず聴き入ってしまいました。
そういえば彼女、出港時にウェルカムミュージックも弾いてたよなぁ。
そして先程はレストランでウェイトレスをしたよなぁ。
そしてそして明朝の入港時なんだけど、メイドスタイルで上等級船室のシーツ交換もしてて…。
ということでショーに出ている彼女達、それ以外の時間は船の一般業務にも就いているようで。


その後もステージでは、肉感的なベリーダンス、
オッサン奏者によるサックス演奏、
と演目が次々と変わって行きます。

そして再びMCの兄ちゃんが登場。
一組の夫婦をステージに上げ、
「プロポーズの言葉はなんだったの?」
「旦那さん、ここで奥様に再び愛の告白を!」(←これらのセリフは推定)
などといぢり、会場からはまたまた
 ドッ!」
と笑い声があがってました。


お次はマジックショー。
お客をステージに上げて、目の前で火の着いたタバコを消してみせたり、
その他小道具や炎を使ったり、鳩を出したり。
いかにもな手品ばっかりだったけど、かなり本格的。

そして兄ちゃん達のデュオが登場。
彼らは韓国人の誰もが知っている(んだろう)鉄板なK-POPを演奏しながら歌っていきます。
何曲か演奏した後、
「♪硬~いきずなにぃ~ 思ひを寄せてぇ~ 語~りつくせぬぅ~ 青春の日々~…」
長淵剛の名曲『乾杯』(初期vir.)を日本語で歌い始めました。
時々歌詞が韓国語っぽい発音になったりすることもあるけど、かなり上手に熱唱。
そして最後に
「♪サランヘヨ~! サランヘヨ~! LaLaLa~ …」
と観客達と一丸となって歌い、かなり盛り上がったところで、60分弱のショーはお開きになりました。

ということで、このクルーズイベントショー、
MCのトーク以外はセリフも特になく、韓国語の解らない日本人の僕でも充分楽しめました。
ショーの始まる前は内容なんて全然期待してなかったんだけど、
実際は思ったよりかなり充実してて、いい意味での予想外。
これが現在では乗客誰もが運賃のみで観る事ができるわけで。
(かつては別料金を取って観せていたこともあったらしい。)
こういう面ではこの釜山-大阪航路、かなり乗り得かも。

ショーが終わったんで、外部甲板にあるラウンジ『夢』にやってきました。
「…結局『夢』がオープンすることはありませんでした。チャンチャン。」
という文章を旅行記に書くことになるのか?その確認のためだったんだけど、
予想を裏切ってプレートは「OPEN」に裏返り、営業しておりました。
そこでもちろん中に入ってみることに

店内に入ると、
「♪~♪」
先程のサックスのオッサンが、
JAZZのスタンダードナンバーである『TAKE FIVE』を演奏しておりました。
うーん、JAZZはステージで聴いた時より、ラウンジで聴く方がムーディで全然良いな。
ということで、駆けつけ二杯目の生中を注文し、しばし耳を傾けます。


2曲ほどで、デュオの兄ちゃん達にバトンタッチ。
兄ちゃん達は持参したPCの楽譜付きカラオケシステムから曲をピックアップして演奏。
その楽譜&カラオケはプロジェクターによって大型スクリーンにも映し出され、
観客も一緒に歌える、って寸法です。
兄ちゃん達はここでも鉄板K-POPを演奏&熱唱。
そして何曲か目に日本人客向け用として、
台湾人歌手欧陽菲菲が日本語で歌って大ヒットした『Love is over』韓国語vir.を歌いました。

その後兄ちゃん達が何やら喋ると、他の観客達は各テーブルに置いてあるメモに何か書き、
そのメモを兄ちゃん達の前のPCの上に置きだしました。
兄ちゃん達はそのメモを見てPCで次の楽曲を検索。これって…。
「もしかすると、リクエストしたら歌ってもらえるんです?」
と、日本語のできそうな支配人に聞いてみると、
「はいっ。どしどしリクエストして下さいね。」
ほー、リクエストタイムですか。なら今の僕が聴きたい韓国曲っていったら、アレしかないでしょう!
ということで、またまた『イサンのヤクソク』をリクエストしてみました。
しかしまたまた残念ながら…
兄ちゃん達はPCのデータに入っていた何曲かの『ヤクソク』のイントロを聴かせてくれたんだけど、
 アニョ(違います)…。」
僕は首を横に振るばかり。またしても『イサンのヤクソク』はオプソヨ。(ありませんでした。)
そこで再び支配人を呼んで、
「『乾杯』以外の日本語で歌える曲を何か歌ってください、と伝えて。」
と伝言リクエスト。すると兄ちゃん達はヒソヒソと相談して…
「♪恋人よ~ そばにいて~ 凍えるぅ 私の そばにいてよぉ~…」
『乾杯』と並んでノレバン人気曲らしい、五輪まゆみ『恋人よ』を熱唱してくれました。

こうしてその後も兄ちゃん達はリクエスト曲を何曲か歌いました。
他の乗客がサイモン&ガーファンクルの英語曲をリクエストしたんで、それならばと、
僕ももう1曲船旅にちなんで『my heart will go on(TITANICのテーマ)』
をリクエストしたんだけど、残念ながらそれはムシされて。そして、
「ジャカジャカジャカジャカジャンッ!」
最後に二人の十八番と思われる曲で、ギターをひとしきりかき鳴らし絶唱してFINISH。
それと同時にラウンジ『夢』も22:30、閉店となりました。
これでもうこれ以降、船内に特に行くべき所も無くなってしまったので、
今度こそナウイチムデ(私の寝台)に戻り、就寝することに。
それではおやすみなさい。

おはようございます。
前日・前々日は、連日深夜までカルビ屋で宴会をやっていたので、その翌朝は少し寝不足気味。
だったんだけど、昨夜は10時半過ぎという早めの就寝だったため、
瀬戸内の穏やかな波の揺れ具合も相まって、とっても気持ちよく熟睡。
今朝はスッキリとした気分で目が覚めました。
顔を洗い、歯を磨き、W.C.で朝のお勤めを果たし、レストランへ。
朝食ももちろんバイキング。営業時間は7:30~8:30。
ウプウプで食べられなかった昨日の夕食時とはうって変わり、お腹は絶好調!
リベンジではないけどガッチリ美味しく戴きました。


さて『パンスタードリーム』の大阪入港予定時刻は10:00。
朝食を食べ終わると、それまで特にすることがありません。するとちょうど、
「本船は間もなく明石海峡大橋を通過します。」
という船内放送が。そこで甲板に上がってみることに。
甲板には僕と同じくヒマを持て余した乗客がもう何人もやって来てて、
僕と同じく放送に釣られて船内から出てくる乗客も何人もいて。
そして船の前方には明石海峡大橋があり、船はまさに橋をこれからくぐろうとしていたところでした。
写真では残念ながらちょっと確認できないけれど、
橋ごしの彼方に大阪南港のWTCビルがそびえているのが望めます。

明石海峡大橋は、神戸市・垂水と淡路島・岩屋を結ぶ、
全長3911m・中央支間1991mもある世界最長の吊り橋。
そして主塔の高さはなんと298mもあり、
これより高い塔は建設中の東京スカイツリーと東京タワーの、新旧2塔しかないんだとか。
橋はみるみるうちに、どんどん近づいてきて…
(もちろん実際は船の方が橋に近づいているんだけど。)
船は橋の下を滑るようにくぐり抜けました。
そのスケールに、
「人類はこんな巨大な建造物をも建設できるんだなぁ…。」
と、いつもながらに圧倒。

さて船から右手側の淡路島をデジカメの望遠で覗いてみると、
港に停泊している小さなフェリーを捉えることに成功しました。
この船は本州・明石-淡路島・岩屋を結ぶ明石淡路フェリーの『のりたい号』。
明石海峡は蛸や鯛の漁場として有名で、そして海苔が特産品。
そこで航路には「たこフェリー」の愛称が付けられています。
また海苔と鯛にちなんで、船名を『あさかぜ丸』から新愛称『のりたい号』にリニューアル、
船体や船内にはこの様に、人気オリジナルマスコットキャラクター「たこファミリー」が描かれているのでした。

しかし…栄えるものあれば消えて逝くものあり。
この「たこフェリー」航路、神戸から淡路島を挟んで四国・徳島まで結んでいる国道28号線の、
海上区間の有料道路という位置づけ。
そして明石大橋開通後も、所要時間は短いけど高い高速道路 vs 時間はかかるけど安いフェリー、
という棲み分けがあったんだけど、
08年の燃油価格の暴騰が直撃したところに、昨今の高速道路のETCによる各種割引が実施され、
所要時間も短くて安くなった高速道路 vs 時間がかかるフェリー、
というように棲み分けの構図が崩れて太刀打ちできなくなり、業績が急激に悪化。
余剰の持ち船を売却したり、社員をリストラしたり給料を削減したり、
なんとかがんばって運行してきたんだけれど、
とうとうこの旅行の直後の2010年11月15日をもって航路を休止することになっていて、
そしてこの『のりたい号』は、その最後まで残っていた1隻だったのでした。(現在は既に東南アジアに売却済。)

ところで自動車は高速道路を走ればいいんで問題はないんだけど、
この「たこフェリー」運行休止により、高速道路を走れない排気量125cc以下のバイクでは、
本州⇔淡路島の行き来ができない状態に。
僕がかつて仕事で大阪に住んでいた頃、足は原チャリ。
一度この「たこフェリー」に乗って淡路島の南端まで走り、鳴門のうずしおを見に行ったことがあるんだけど、
もうそれができなくなってしまったのだなぁ。

話は変わるけど、かつて
名古屋~大阪~沖縄本島~宮古島~石垣島~台湾、という航路がありました。
今ではたまに原チャリで最寄り駅や近所の店まで走るだけなんだけど、
今でもモチベーション的にはずーっと原チャリライダー。
時間があったらこの航路に原チャリを載せて、宮古島や石垣島を走ってみたい、
石垣島で離島行きフェリーに乗り換え、牛車の竹富島・ちゅらさんの小浜島・秘境の西表島、
日本最南端の有人島・波照間島や、最西端・Dr.コトーの与那国島を訪れてみたい、
などという夢がありました。もちろん台湾にも船で行ってみたかったし。
でも時間がないので名古屋~大阪の紀伊半島半周クルーズ乗船だけで我慢して。
ところがこの航路も08年の燃油価格暴騰の直撃を喰らって消滅。
宮古島以南の先島諸島に行く旅客航路はなくなり、この夢はもう実現不可能になりました。
この時も一人勝手に大きな衝撃を受けてたんだけど…
(沖縄本島までの航路は今でも別会社が運行。)

なのでこの小さな「たこフェリー」航路休止は、愛知の実家に戻って縁遠くなってはしまったけど、
僕にとってはこの沖縄・台湾航路消滅と同じくらい、とても大きな衝撃だったのでした。
11年3月に運行再開の動きがあるので、
グランドフェリー以上に、なんとかがんばって復活して欲しいと、切に願います。

左手の本州側に目を移すと、須磨海岸沖を航行中。
須磨海釣り公園の丸い建物が見えます。
須磨といえば、光源氏が兄・朱雀帝の寵記・朧月夜の尚侍との不倫デートが見つかって失脚、
隠棲地として選んだ所。
ところが懲りないヤツ、ここでも明石の君という新たな恋人を見初めるんだよね。
(※源氏物語は世界最古の長編小説。なのでフィクションです。)
そんなことはともかく、その向こうに神戸の街のビル群が見えてきました。
さぁ、大阪港到着ももうすぐです。

そして入港予定時刻30分前の9:30頃になると、
「船室の鍵をインフォメーションまでお返し下さい。」
「乗客の皆様は下船の準備をお願いします。」
といった船内放送に急かされ、船室から乗客が三々五々と集まってきました。
そしてあの広々としていたエントランスは、乗客達で溢れて一杯に。
ところがどういうわけか下船はなかなか始まらず、予定より遅れて10:20頃ようやく開始。
僕は階段に腰掛けてたから良かったんだけど、
いち早く上陸しようとドア前に並んだ人達は、1時間程も立ちんぼでおしくらまんじゅう状態になる人も。
なのでドア前辺りではかなり殺気立った雰囲気が漂ってました。


そしてようやく下船が始まり、
下りエスカレーターの横には、昨日のマジシャンのオッサンが立ち、我々をお見送り。
こうしてようやく大阪上陸、日本に無事帰国しました。
ターミナルビルまでの200m程の距離はバスでの移動。
大荷物抱えた客はともかく、僕みたいな小さなリュック一つの客はバスに乗るまでもなし。
船の写真も取りたいことだし、逆にビルまで歩いて向かわせて欲しいもんなんだけどなー。

何はともあれ、『パンスタードリーム』による釜山→大阪の船旅もこれにて終了。
さようなら「パンスタードリーム』! また再び乗船する日まで!

ということで、他の釜山→博多/門司/下関航路では、
どうしても夜出発→朝到着という「寝るだけ」に特化してしまうんだけど
この『パンスタードリーム』による釜山→大阪航路では、
19時間強にも及ぶ道中で乗客が退屈しないように船内設備・イベントが充実しています。
為替デメリットが直撃している大阪→釜山便においても、運賃に夕食・朝食の2食が含まれるし、
他の航路の運賃と比較しても、そんなに割高とは思われないし。
週3便の出港日に旅行が合わせられて、なおかつ時間に余裕がある人なら、
乗って損はしない航路です。
そして特に為替メリットの恩恵がスゴイ釜山→大阪便においては、絶対乗り得。
帰国スケジュールを釜山出港日に合わせて乗船、超おススメです!